表現のかけらを通じて、人と人がつながる 【ワンピース倶楽部代表 石鍋博子】

PLART編集部 2017.10.15
TOPICS

10月15日号

 

東京都内ある石鍋さんのご自宅の扉を開けると、その空間は私たちを包む様に現れました。

玄関で客人を迎え入れる、身長以上もある大きなアート作品。

2階には、壁一面に美しく並ぶアート作品と、時を経てきた骨董品が同時に並ぶ空間。決して美術館やギャラリーでは味わうことのできない、不思議な体験をしてきました。

ルールは3つだけ。自分の「ワンピース」を見つける。

石鍋さんは、今年10周年を迎えた「ワンピース倶楽部」を主宰されています。

ワンピース倶楽部とは最低、年に一作品(ワンピース)を購入することを決意した人の集いです。

(1) ワンピース倶楽部の会員は、一年の間に最低一作品、現存するプロの作家の作品を購入します。

(2) ワンピース倶楽部の会員は、自分のお気に入りの作品を見つけるために、ギャラリー巡りや、美術館巡りなど、審美眼を高めるための努力を惜しみません。

(3) ワンピース倶楽部の会員は、各年度の終了したところで開催される展覧会で、各自の購入作品を発表します。

この3つのシンプルなルールをもとに、アートの裾野を広げようと活動しています。

石鍋さん自身も会員の方々も、はじめはアートについて何も知りませんでした。

毎月1回、ギャラリーの方やアーティストを招いて勉強会を行い、アーティストと直接コミュニケーションをとる機会を積極的に作っています。
また都内のギャラリーを周るバスツアーも頻繁に開催してきました。石鍋さんは、こうして会員と共に知見を広げていったと言います。

ワンピース倶楽部の年に1回の大イベント、自分が買った作品を発表する展覧会「はじめてかもしれない展」は、「現代アートを買うのは、はじめてかもしれない」「好きな作品に会うのは、はじめてかもしれない」

そんな風に誰しもが「はじめて」アートを購入する時に持っていた気持ちを忘れずにいてほしいという思いから名付けられています
数百万もする作品を展示する人もいれば、過去には高校生の会員が、自分で買える範囲のアート作品を一生懸命探し、万円ほどの作品を展示したこともありました。

年齢も立場も違う会員同士が、それぞれが良いと思った作品を展示し、ギャラリーやアートフェアでは見れないようなアートの並びが可能になるのが、この展示の面白いところです。世界的に有名なアーティストと、まだ駆け出しのアーティストが、同じ場に並びます。そして、そこには購入者の『買った理由』のキャプションが貼られます。

「子供の小学校入学の記念に・・・」「一目惚れです」なんて言葉に見る人は頬を緩めます。

 

生き様そのものがアートな人とアートフェアが扉を開けた

ワンピース倶楽部をはじめた一番最初のきっかけは?と聞くと、懐かしむ様にお話してくださいました。

石鍋さんが初めてアーティストと呼ばれる人に触れ合ったのは2005年のこと。

ご自宅の庭で定期的に開催しているパーティに訪れた、栗林隆氏との出会いだったそうです。

彼自身がアートかのような生き様に、私の今まで持っていた価値観や考え方が大きく変えられました

そしてそれだけじゃなく、栗林さんはアートフェアという存在を教えてくれました。

アートフェアは、世界各地で開催され、ギャラリー・評論家・アーティスト・コレクター、そして素晴らしい作品が一堂に集まり、アーティストが世界で評価を受ける機会を作る場です。

タイミングよく、当時親交のあったギャラリーから招待を受け、2006年にARCOというアートフェアに、日本人として初めてコレクターズクラブ(※VIPよりもさらに特別なグレード)という立場で参加します。

ARCOにはL.A.やオーストリアやフィラデルフィア…世界各国から、様々な人が集まっていました。当時アート作品をそれほど買っていなかった私でも、数万円のアートを『これ買おうかどうしようか』なんて、同じ立場で海外の方と話すことができたでした。

何億もするようなアート作品だけではなく、審美眼が備わっていなかった当時の私でも楽しむことのできるアートの世界というのは、なんて素晴らしい世界なんだろうと感じていました」

そして、翌年の2007年。

アート業界の当たり年(※注釈)と言われる展示がヨーロッパで同時期に開催される事を石鍋さんは知り、1人2週間をかけて回ったそうです。

それは素晴らしい体験になり、アートの素晴らしさを日本人が知らないのはもったいない。もっとみんなとわかち合いたいと思い、旅から戻った次の月には「ワンピース倶楽部」を立ち上げました。

(※注釈)アート業界の当たり年・・・5年に1度の現代アートの祭典 「ドクメンタ」/2年に1度の現代美術の国際美術展覧会 「ヴェネツィア・ビエンナーレ」/10年に1度の彫刻展 「ミュンスター彫刻プロジェクト」そして、毎年スイス・バーゼルで開催される「アートバーゼル」が6月のある時期に行くと全て観て回る事ができる。

 

アートはなくても生きていける。けれど求めている人も、ちゃんと存在する。

時間を経て、繋がりが波紋のように、緩やかに広がっていったワンピース倶楽部。
ですが一度、辞めようと思ったこともあったそうです。それは、3.11東日本大震災のときです。
石鍋さんのご実家は岩手県大船渡市。大きな被害を目の当たりにしました。

「深刻な社会情勢の中で『アートを買いましょう』と言っている自分に嫌悪し、ワンピース倶楽部を続けるかどうか悩みました。言ってしまえばアートは『モノ』ですので、なくても生きていけます。それでも辞めなかったのは、北関東から半休を取ってまでワンピース倶楽部の勉強会に参加してくれる方の言葉があったからでした。

『地元にいるとアートについて話す人がいない。アートが好きな人と話ができるワンピース倶楽部の勉強会を本当に楽しみにしているから辞めないで欲しい』そう言われ、私はワンピース倶楽部を続けるべきなんだと思うことができたのです」

強くアートを求める人の想いに応え、ワンピース倶楽部を続けることができたのは、アートという存在の魅力をただ単に『モノ』以上に強く感じていた石鍋さん自身のきっかけが影響しているのかもしれません。

 

まずアーティスト本人と対面して感じるものがあることが大切

そんなアートに魅せられた石鍋さんが作品を購入する時、必ずアーティストとの直接コミュニケーションを重視する様にしているのには、ある理由があります。

「モノだけの価値だけで見たら、私が昔から好きで集めている着物や骨董の方が、長い歴史を経てきたものだから、価値が高いのはあたり前です。それでも、私がなぜ現代アートに惹かれるのかというと、アート作品の背景には『今を生きるアーティストの生き様』が色濃く映されているからです。その作品のコンセプトに、アーティスト自身の行動も伴って初めてその作品の説得力が増してきます」

角文平

three

杉山健司

アーティストとして生きる道を選ぶ以外に、作品を作る楽しさや苦しさをアーティストと同様に経験することはきっとできないでしょう。でも、そのアーティストの作品を通してであれば、一心不乱に作品に向き合ったアーティスト自身の想いや感情、行動力、そしてその生き様さえも感じることができると石鍋さんは言います。

会話をし、人間性を感じ───自分が納得して共感する作品に出会えた時に初めて、石鍋さんは作品の購入を決意します。その時、本質的に美しい物に惹き寄せられるような、何か目に見えない力が自身を高めてくれるの、と石鍋さんは言います。

宮崎啓太

佐藤好彦

雨宮庸介

 

ストーリーが多ければ多いほど、掛け替えのない関係になる

ー思い出深い作品はありますか?

作品を買うに至るまでのアーティストとのストーリーや、買ってからのストーリー、それらが多く語れる作品が私にとっては掛け替えのない関係です。例えばですが、一万円で購入した作品だとしても、それがきっかけでアーティストと繋がり、しかもそれがまだ売れていないアーティストだとしたらどうでしょう?お互いにとって忘れられない良い関係になりますよね」

作品を眺め、ふと「◯◯さんは今元気にしているかな」と思い出し、連絡を取ってみたりすることもしばしばあるそうです。

「作品が元気に見えるとアーティストも元気で、元気がない時は作品も落ち込んで見えたりするのです。不思議なものですよね」と石鍋さん。
作品を通じて、アーティストとたくさんのストーリーを共有してる石鍋さんだからこそなのだと思いました。

 

アーティストの表現のかけらが、自分の生活を彩る

作品をただのモノとして購入するのではなく、アーティストの分身のように日々作品と接する石鍋さんのアートとの関わり方は、アーティストにとっても、そしてこの世に生み出された作品にとっても、幸せな向き合い方のように感じます。

「先日、 10周年展示のパーティで『ワンピース倶楽部を一生続けます』と宣言したからには、細々でもこの活動を続けていきたいと思っています」

そう話してくれた石鍋さんや、ワンピース倶楽部の会員の皆さんは、集めて満足するだけのただのコレクターではありません。そこには投資目的での購入や、ただの消費とは全く違う世界が広がっています。

ワンピース倶楽部のロゴはパズルのピースです。

見つけたアートというピースが自分の生活というパズルの中にピタリと、はまります。

それは、目には見えないかもしれないけど、確かにある暖かな人と人の繋がりのカタチ。

石鍋さんは、表現のかけら(ワンピース)をそっと、大切に、包み込みます。

 

kakite : Hanako Kinoshita/photo by BrightLogg,Inc./EDIT by PLART(Naomi Kakiuchi)


 

石鍋 博子/Hiroko Ishinabe

非営利団体・ワンピース倶楽部代表。2005年夏より現代アートに関心を持ち、 2007年7月「ワンピース倶楽部」を設立。アート界活性化を目指し、国内外のアートフェア、美術館、ギャラリー等を廻る日々を送る。講演活動も多数。
ワンピース俱楽部WEBサイト http://www.one-piece-club.jp

 

取材時のショット



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