僕は、”妄想故郷の音楽”をずっと探している【アーティスト/ミュージシャン 和田 永】

PLART編集部 2018.4.15
TOPICS

4月15日号

 

「僕は奇祭を創りたいと思ってます」

彼は確かにそう言った。

あらゆる電化製品を楽器へと蘇らせ、唯一無二の音をもって国内外で活躍するアーティスト/ミュージシャン、和田永(わだ えいさん。以下、和田さん)さん。『奇祭』とは何だろう。

アーティスト/ミュージシャン 和田永さん

彼が追い求める「奇祭」のルーツは幼い頃に見た東南アジアの祭りにあるという。

「インドネシアに家族旅行で行ったときの祭りの風景に影響を受けています。それは良い意味でも、悪い意味でもトラウマにもなっています(笑)」

民族音楽とともに神鳥ガルーダが舞う独特の世界に、強烈な衝撃を受けた。自然の恵みを享受する歓び、そして恐れ。「トラウマ」と表現するほどに恐ろしい、しかしそれが彼の心を惹きつける。自然への畏怖が彼のルーツにはある。

 

音の揺らぎで結ばれる、現実と「カニ足の奇祭」妄想

インドネシアでの体験が忘れられない和田さんは、10代の頃からひとつの物語の世界を妄想するようになった

小学生の時に描いた絵(提供・和田さん)

インドの五大思想は地・水・火・風・空が物質を構成すると定義したが、彼が空想した世界では砂漠、海洋、草原、天空、そして電気が世界を構成し、それぞれを司る巨大なカニ足の5本の塔がそびえ立つ。電気を司るカニ足(彼はガルーダ・グルーヴと名づけたという)の腹にはブラウン管テレビが埋め込まれており、そのブラウン管がビカビカ光り細胞分裂の映像が映ると音楽の祭典が始まる「そこに迷い込んでいくんですよ、僕が。カニ足門をくぐると、その世界でいろんなことが起こるんです」

やがて彼は自宅にあるカセットデッキを使い妄想の世界で流れる音楽をつくり始める。

「声や楽器、日用品や調理器具を使って出した音をカセットテープに録って、再生しながら別のテープにまた録って、を繰り返していきました。すると、音がどんどん朽ちていくんですよ。音がよれて揺らいだり、歪んだりする、それがいいと思った」

音楽は長いもので1時間にも及んだ。多重録音によって朽ちていくカセットテープの音色が、カニ足の奇祭の世界を表現するためのツールになった。カセットテープに吹き込んだ声がヨレヨレして聞こえる、という体験は身に覚えのある人も少なくないだろう。

さらに彼は録音すること、しかも繰り返しなぞることで音が朽ちていくバグ、ノイズに魅了されたという。「一番初めのエフェクター体験」「ガルった音との出会い」だと彼は振り返る。

 

Open Reel Ensembleとエレクトロニコス・ファンタスティコス!が増幅した「異界」情緒

中学時代、縁あってオープンリールデッキを知人から譲り受けた。

磁気テープがもつ音色を今の技術と組み合わせて奏でてみたい」と美術大に進んだのは、幼い頃魅了されたあの物語が頭にあったからだ。テープレコーダーを楽器として蘇らせられないだろうか。大学の同級生で結成されたのがOpen Reel Ensembleだった。

提供画像

オープンリールテープがグニャリと曲がり音が揺らいだとき、「あの時のあの感覚に何か繋がってるかもしれない」とフラッシュバックのようなものを感じたという。更にブラウン管テレビから出る静電気を手で拾って電気音を出す方法を見つけた時も、「ガルッタ音との再会」がそこにあった。

「フラッシュバックというかずっと引きずっていて、魅了されているんだな、って」

音が揺らぎ妄想の世界とシンクしたとき、カニ足の物語が再び転がり始める。妄想がリアルなものとして目の前に立ち上がり、奇祭の具現化へと一歩近付く

さらに和田さんは2015年から「エレクトロニコス・ファンタスティコス!(以下:ニコス)」を始動。今まで彼の活動を見てきた清宮陵一さん(NPO法人トッピングイースト代表)からの提案により、さまざまな人を巻き込んだ参加型プロジェクトとして活動が始まった。

「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」の始動時、和田さんが描いたイメージ図。

目指すものは「電気と電波の土着音楽祭」。

テクノロジーによる都市の土着音楽祭を追い求め、多様なバックボーンを持つ参加メンバーとともに役割を終えた電化製品を集めては改修し、改造し、楽器としてつくり変え、奏法を編み出し、オーケストラを徐々に形成しながら音楽を紡いでいる。現在3年目を迎え、ブラウン管テレビをはじめ、換気扇、扇風機、黒電話、エアコンなどを楽器へと変換してきた。進化せずにくすぶっているものも含めると15種類以上にも及ぶという。

「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」のロゴ

ブラウン管カルテット本祭の写真/Photo by Mao Yamamoto

「僕にとってはオープンリールも電化製品も、どこか知らない世界からやってきた民族楽器のようなものなんです。同時に、自分にとっての妄想の故郷や文化みたいなものがあって、そこで聞いた響きのような懐かしさがある」

音楽史を紐解けば、シンセサイザー、エレキギターが誕生する過程でも人は電化された音に魅了されて今に至る。その源流ともいえる音の響きや揺らぎにエキゾチシズムを、「異界」情緒を和田さんは感じるのだという。

 

電化製品である理由とテクノロジーに対する思い

彼はなぜそこまで電気や電波にこだわるのだろうか。

「インドネシアから帰ってきてラジオのチューニングを合わせたときに流れたザーッという音が、まさにガルーダや妖怪が潜んでいる音のように聞こえました。目には見えないけれどそこに何かがある、そういった不思議な感覚がラジオにはありました。

コントロールできるものとアンコントロールなものが常に人間と自然の間にはあって、自然の力を取り入れてそれを道具として発展させてきた一方で、それがひょっとしたら災いをもたらすという両面性を持っている。恩恵を与える存在であり怖くもあるというのは、火と同じく電気にもまさに言えることだと思うのです。電化製品が妖怪となって電気の声を発し始めるという物語が浮かび始めました」

テクノロジーも自分を取り巻く環境である、と和田さんは言う。歓びと恐れをもってそれと対峙する姿勢は、まるでインドネシアの人々が自然への畏怖を祭りで表現する姿に似ている。もしかすると電気、電化製品、テクノロジーが当たり前に存在するものとして生まれ育った和田さん以降の世代ならではの思想かもしれない。

 

原風景の「供養と蘇生」

電化製品に対して、慈しみ感謝しつつテクノロジーの根源を掘り起こす取り組みを、和田さんは「供養と蘇生」という言葉を使って表現する。2017年11月に開催されたニコスのライブイベント『本祭I:家電雷鳴篇』のプログラムのひとつ「電磁盆踊り」もまさに廃れゆく、眠りゆくテクノロジーへの供養であり、転生を祝福する祭りだったと振り返る。

「脈々と続いている盆踊りとクロスすることで立ち上がるパラレルワールドを見てみたいんです。盆の思想も異界とのコミュニケーションが根底にあって、そういうものとテクノロジーは一見遠いもののように見えますが、一周回ると近接して自分の中で根深く繋がってくるんです」

2017年11月のイベントでは向井秀徳さん(ZAZEN BOYS)と共演、和田さん率いる扇風琴バンドによる演奏に向井さんが扇風機から連想する思い出を即興のラップで重ね、更に扇風機を搔き鳴らしたという。

Photo by Mao Yamamoto

電磁盆踊りの写真/Photo by Mao Yamamoto

「ぐるぐる回る、暑い、畳の匂い、野球中継といったワードによるラップが繰り広げられました。電化製品にはそういう原風景も宿っていますよね。盆踊りでもオリジナルの「電電音頭」を作詞作曲して、「砂嵐」「3倍モード」「A面B面ひっくり返す」といった死語を歌や踊りに変換する試みに挑戦しました」

またある時は、17年間使われてきたエアコンが引っ越しをきっかけにニコスへ寄贈されたり、子供の頃から使ってきた扇風機を使って楽器をつくる人がいたりもする。自分の家で使っていた電化製品が、使われなくなった今、楽器として声を上げている。そこに生まれる突然変異的な「平行世界」が面白いのだと和田さんは語る

生活に根ざしている、家にあるということは自分の原体験、原風景と結びついていますよね。だからこそ、電化製品はひとつの民族楽器だな、と」

 

「架空の文化の場」をつくる

提供画像

去る4月22日(日)には京都・東寺を会場に、昼は子ども向けワークショップ、夜は金堂前にてメンバーとともに6種の電化製品楽器を用いたコンサートを行った。

「仲間とともにワイワイと妄想や知恵や技術を交換し合いながら、楽器や奏で方、方法論から音楽をつくる、場をつくる。それを様々な人々を巻き込みながらやっていきたいですね。そして音楽ができたらそこに歌と踊りが一体化していく。架空の文化をつくるとき、文化の場というのはフェスティバルやセレモニーという形態が想像できます。そこで、一人ではなくみんなで謎のエネルギーに溢れた場をつくってみたい

 

新しくも懐かしい、妄想の故郷の音楽を求めて

私たちから見れば和田さんが幼い頃から追い求め続けてきた「奇祭」も徐々に形になりつつあるように思えるが、和田さんにとっての「奇祭」は完成したのだろうか。

いろいろなプロジェクトが進行しているけれど、自分の中では妄想の故郷の音楽や文化を探し続けていますね。完成する目処は立っていないですし、完成するようなものではないかもしれない。常に挑戦ですね

自分にとって見たことがないものでありつつ、感覚のどこかで知っているもの。「未知でありながら懐かしい」ものを探り続けている、その片鱗を電化製品に求めているのかもしれない彼はそう続けた。

自然への畏怖、そして原風景への憧憬。

一見するとテクノロジーとは相反するような言葉だが、テクノロジーを自然の一部と捉えるからこそ生まれる感情、生まれる表現が和田さんのもとにはあった。

テクノロジーの進歩によって、「妄想の故郷」はいつか本物の故郷へとすり替わる日が来るのかもしれない

 

kakite : Rumi Yoshizawa/ photo by Yuba Hayashi(提供画像とクレジットがないものを除く) / Edit by Naomi Kakiuchi


和田 永/Ei Wada

1987年 東京生まれ。大学在籍中より音楽と美術の間の領域で活動を開始。オープンリール式テープレコーダーを楽器として演奏するバンド「Open Reel Ensemble」を結成して活動する傍ら、ブラウン管テレビを楽器として演奏するパフォーマンス「Braun Tube Jazz Band」にて第13回メディア芸術祭アート部門優秀賞を受賞。各国でライブや展示活動を展開。ISSEY MIYAKEのパリコレクションでは、11回に渡り音楽に携わった。2015年よりあらゆる人々を巻き込みながら役割を終えた電化製品を電子楽器として蘇生させ合奏する祭典をつくるプロジェクト「エレクトロニコス・ファンタスティコス!」を始動させて取り組む。その成果により、平成29年度芸術選奨メディア芸術部門にて、文部科学大臣新人賞受賞。https://eiwada.com/

*「KONONO No.1 来日ツアー(ゲスト:和田永 / Soi48)」2018522

 世界中の観客を半狂乱に踊らせるコンゴ共和国の轟音電気親指ピアノ・バンド「KONONO No.1」の来日公演、東京でのライブに和田永がゲスト出演します。

http://microaction.jp/events/000659/

 

*「回転彩声記」(出演:Open Reel Ensemble feat. 七尾旅人 / 柴田聡子 in FIRE201871

 Open Reel Ensemble主催、自主企画2マンイベントを開催します。

http://www-shibuya.jp/schedule/009002.php

 



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