【連載】アートのある暮らし vol.11 「アートを日常の会話の中に感じる家」

PLART編集部 2017.10.15
SERIES

10月15日号

連載 アートのある暮らしとは?
日本のアートには3つの壁があります。
「心の壁」アートって、なんだか難しい。価値がわからない。
「家の壁」飾れる壁がない。どうやって飾るかわからない。
「財布の壁」アートは高くて買えない。買えるアートがわからない。
そんな3つの壁を感じることなく、アートのある暮らしを素敵に送ってらっしゃるお家を取材します。

 

駅を降りて、徒歩数分。人々が忙しく行き交う道から逸れて歩き続けると、だんだんと閑静な住宅街へと移り変わる。

ガラス窓一面にずらりと展覧会のポスターが貼ってある家があった。まるでギャラリーの入口のよう…と思ったら、そこがアートと暮らす東孝彦さん(以下東さん)一家のご自宅だった。

現在、開催されてる展示や寄席のポスターを目隠し変わりに張っているそう

東さん一家は、東さん、奥さんの友美さん、お子さん2人の4人暮らし。階段を上り2階のリビングに入ると、一面の窓と吹き抜けになっており光がさんさんと差し込む。友人の建築家に依頼して建てた一軒家は住んで 13年目になる。

竣工10年の時には縄を使った家縛りという作品を手がけるアーティス 松本春崇さんに家への祝いをしてもらったそうだ。

家縛りは通常縄だが、お祝いということで紅白の水引きを模した(オーナー提供画像)

友人である建築家「角倉剛建築設計事務所」に依頼された(オーナー提供画像)

リビングには、東さんと友美さんが2人で集めたというモノクロのアート作品が壁一面にかけられる。目線をずらすと、階段の横や裏、そしてトイレにも作品が。訪れた者としては、どこにアートがあるのかを探すようで楽しい。

モノクロの壁:米田知子『谷崎潤一郎の眼鏡~松子夫人』への手紙(1999)、岡上淑子『怠惰な恋人』、市川孝典『Specimen(Butterfly)』(2011)山下陽子

池添彰『untitled』(2009)、今村文『たくさんの花2』(2015)、田沼このみ『文京区春日1丁目16番』(2006)

小村希史、森村泰昌

現在、東さんはアートに関わるさまざまなボランティア活動に携わっている。東京都現代美術館の常設展示ガイド、東京都写真美術館のワークショップサポート、銀座の画廊巡りやアートガイドのための講座・・・。

「知人からお願いされて、徐々にアート関連の活動が徐々に増えていきました」

普段は会社員として働きながら、精力的にアートに関わっている東さん。元々はアートに詳しくもなければ関心もなかったというのだから驚く。

 

”アートと関わる人たち”との出会い。そしてアートの体験

「昔からアートが好きだったわけではありませんでした。元々の僕は理系で、美術館に行ったのも指で数えられるくらい。ごくたまに、だまし絵のエッシャーを見に行ったり、山の写真を見に美術館を訪れたりってことはありましたが、本当にその程度でした」

アートに興味を持ったきっかけには、アートに関わる人との出会いがあった

「一番は妻ですよね。彼女は僕より10年くらいアートの先輩で、すごく影響を受けました。

2001年に開催された第一回目の横浜トリエンナーレに、妻がパフォーマーとして出ることになったんです。

そのレセプションに僕も参加して、たくさんのアーティストと出会いました。草間彌生や会田誠など、『自分が知らない世界にはこんなユニークな作家が存在している!』という発見がおもしろかった」

その後、横浜トリエンナーレの関連企画で行われていた、美術館と野外の作品展示をめぐるスタンプラリーをきっかけに、単にアートを見るだけではない楽しさに気づいたという。

「アート作品が街中にこっそり展示されているのを探して、写真を撮って運営側に送ると、次の場所のヒントが示される…そういう、ただ絵を見るだけではなく、身体を使ってアート楽しむ事がすごく新鮮な体験になり、徐々にアートの魅力に引き込まれていきました

 

創ることより、人とのつながりや過程の面白さを知る。

直接のきっかけとなったのは、さいたまトリエンナーレ2016のディレクションも務めた、アートディレクター・芹沢高志さんとの出会いだ。

「芹沢さんが開催するワークショップに参加したんですが、進行がとてもゆるやかのに、参加者はみんな、いつの間にかおもしろいものをつくっている。自分がものをつくらなくても、結果的におもしろいものができるんだ、と興味を持ちました。

その後、2005年の横浜トリエンナーレにて、芹沢さんのもとでボランティアができるということで応募したのが、初めてでした」

自身が作品などモノを創る「つくり手」ではないため、憧れを持ち、『この作品はどうやってつくられているんだろう』と今まで見てこなかった世界のことを考えます。アート作品よりもそれに関わる周囲の人や、0→1の過程や技法に興味があるのかもしれません

大竹利絵子『とりとり』(2011)

中村ケンゴ『Re:』(2009)

海老原靖『Kevin #1-#8』(2007)

 

夫婦で集めるアート作品。東夫妻の楽しみ方。

外に出てアートの世界に関わる東さんは、家の中にもそのアートの世界を持ち込んでいます。妻の友美さんとともに、家中に飾られたアートを紹介してくれた。

東さん「好きな作品を見つけたら、その都度購入しています。あるテーマを決めて収集し、コレクションを作っているわけではないので、僕たちは一貫したコレクターとは呼べないでしょうね。アート作品って高価なイメージがあると思うんですが、若手の作家だと数万円のものもあるので、買った後で人気が出てきた時に嬉しかったりしますよね」

東さん夫婦が最初に買ったのは、絵本も手がける蓜島伸彦(はいじま のぶひこ)さんの、モノクロのうさぎが描かれたシンプルな絵だった。

蓜島伸彦『lepin』(2005),安斎重男『Etokan』(2005)、横山裕一

友美さん「最初の作品はボーナスで買いました。酔っ払って帰って来て、ふと作品が目に入ったりすると、ああ、買ってよかったなって今も思います(笑)」

東さん「買う作品は夫婦の話し合いで決まります。といっても僕は作品の点数を増やしたいので、基本的に妻が欲しいものにはOKを出すけれど、反対に彼女はけっこうNGを出してきます。『どこに飾るの?スペースないじゃん』と(笑)」

アート作品を買うことについて話を聞くと、2人からポンポンと言葉が出てくる。東さん夫妻を見ていると、アートを買う行為は、すごく日常的に感じるし、夫婦間のコミュニケーションツールのようにも思える。

友美さん「美術館で作品をただ鑑賞するのとは違いますね。自分たちで買う場合は好きな作家の作品を手にいれたという征服感が半端ないです」

東さん「妻は学生の頃、コラージュ作品をつくっていたり、今も雑誌の編集長をしていたりと、つくり手側なんです。彼女を見ていると、アートに限らず何かしらのものづくりをしている人は、一般的には買うことに抵抗があるといわれるアート作品でも『買う・買わない』の一線を越え易いと思うんですよね。つくり手の背景を想像しやすいし、価値基準も持っているので。」

 

アートを買うのは、服を買うのと同じ感覚

アートは好きでも、作品を買うのはハードルが高い…そんな人が一歩踏み出すためのアドバイスを、2人に伺った。

友美さん「私にとってアートを買うのは、服を買うのと同じことです。『この作品を買うのであれば、私はセリーヌのバッグが欲しいな』とか、ふつうに並列で考えています(笑)アートが好きなら、作品を買うのは雑誌の特集でよくある『好きなものに囲まれる暮らし』の延長線上にあると思うんです

東さん「まずアートを買える場所に出かけてみる。例えばアート書籍の販売や企画展も行なっているNADiffなど、ギャラリーよりも身近なところから行ってみるのをお勧めます。

それと、とりあえず額装をやってみるのもいいのでは。作品でなくても、家族の写真やポスターでもいい。そうやって、身の回りのものを飾るというところから始めると、アートにもっと近づくかもしれません」

 

 

「許すこと」を教えてくれるアートの世界

Fabrice Hybert『C’Hybert TOKYO RALLY』(2001)、横井洋司『古今亭志ん朝』

美術館のガイドをしたり、作品を飾ったりと、アートが身近なところにある東さんだが、アートそのものについては、どう捉えているのだろうか。

アートの世界は許容度が高いですよね。様々な人がいて、様々な考え方がある、その多様性に寛容であると感じます

アートは元々、コミュニケーションのツールでもあると思ってます。アートに詳しくなくても、その世界の住人じゃなくても、アートを通じてコミュニケーションがとれる。それが、僕にとってのアートです

東さんも友美さんも、等身大にアートを楽しんでいるように見えた。アートに入るきっかけは、必ずしも作品でなくてもいい。作品を買うのも、「これをテーマに集めよう」といきなりコレクターになる必要なんてどこにもない。

アートを通じて、誰かと繋がってみる。

それだけできっと、アートは前より自分の傍に一歩近づいた場所にあるはずだ。

 

kakite: 菅原沙妃/photo by BrightLogg,Inc.(提供を除く)/EDIT by PLART(Naomi Kakiuchi)

THANKS A LOT FOR  AZUMA FAMILY

東孝彦 あづまたかひこ 

兵庫県尼崎市生まれ

美術と縁のない街、尼崎に育ち、大学から東京へ。

2001年、美術館巡りデビュー後、横浜トリエンナーレ2001がきっかけとなり現代美術に傾倒。横浜トリエンナーレ2005でのボランティアを経て、2006年より美術館ボランティアを開始。

2008年美術出版社が主催する美術検定で一級に合格、このころより単発でのガイドにたずさわるようになる。その後、2012-2015と社内の現代美術プロジェクトにてセミナーや展示を開催。

現在は、東京都写真美術館、東京都現代美術館(休館中)などに登録。プライベートは美術館オタク。ときに子連れで国内外をめぐる。

秋はイベントの多い季節。9/30六本木アートナイト、10-11月MOTサテライト、10/29銀座画廊巡りなどのツアーガイド。最近は対話型鑑賞を学び、美術を通して社会が変わると確信、企業と美術をつなぐメディエーターとして、日夜リアル/バーチャルに業界を徘徊する。11月12日まで、GINZA SIXの6階蔦屋にて、アートナビゲーター東孝彦のおすすめ本を紹介中。

 

取材ショット フォトギャラリー



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