「Think for Yourself. Do it Yourself.」という思想 【CATALOG&BOOKs オーナー 尾崎正和】

PLART編集部 2017.10.15
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10月15日号

 

東京の文京区に位置する江戸川橋。最寄り駅から徒歩1分のところに今回の目的地がある。尾崎正和さんがオーナーを務める「CATALOG&BOOKs」だ。

打ちっぱなしのコンクリートの空間に、大きな窓から柔らかい光が差し込む。さわやかで、とても居心地が良い。

2015年にオープンしたこの店には、ホールアースカタログ(Whole Earth Catalog/以下WEC)とWECで紹介されている書籍が並ぶ。ひょうひょうとした雰囲気の尾崎さんは、CATALOG&BOOKsを運営する株式会社フィギュアフォーの代表だ。

 

取り扱うのは伝説の”あのカタログ”

WECは、1968年から1974年にかけてアメリカ・サンフランシスコで発行されていたカタログである。このカタログは「ホール・アース(whole earth:地球全体)」と名前が付いているように、地球上に存在するあらゆるジャンルの書籍や道具が紹介されている。

かなり希少な創刊号「Whole Earth Catalog Fall 1968」

誌面上のアイテムは、次の4つの基準を満たしたものが選出されていた。

1. Useful as a tool.(役に立つ道具である)
2. Relevant to independent education.(自立教育に関係がある)
3. High quality or low cost.(高品質、もしくは低価格である)
4. Easily available by mail.(郵便で簡単に手に入る)

発行されてから数十年が経ったWECは、近年再び世間に注目されるようになった。2005年、故スティーブ・ジョブズ氏がスタンフォード大学の卒業生に贈った祝賀スピーチのなかで、WECの裏表紙に記載されている言葉を引用したことがきっかけだ。

スティーブ・ジョブズ氏がスピーチに引用した言葉。「ハングリーであれ。愚かであれ」

「WECの注目すべきところは創刊理念なんです。カタログの1ページ目に創刊目的が記されています。そこには、自身を教育する力、自身のインスピレーションを発見する力、自身の生活環境をつくる力、自身の冒険心を他人と共有する力を身につけるためのツールを紹介するのがWECである、といった内容が書いてあります。WECは圧倒的な情報量と誌面デザインが注目されがちなのですが、誌面で紹介されている本を読んで、その情報を自分に落とし込まないと、発行者が意図したような力は身に付かないんです」

「もちろん、誌面を眺めているだけでも何かしらのインスピレーションは湧きます。ただ、お店にはWECで紹介されている本も扱っていますので、お客さんにはその本を実際に手に取ってもらいたいですね。そして、お店を“新たな発想を得る場所”にしてもらいたいです

“自立する力をつけるためのカタログ”。それが、WECなのだ。

 

伝えたいことを、伝えるために。

以前、尾崎さんは不動産業に携わっていた。たくさんの業務を経験するなかで、次第に不動産取引における仲介業者の存在に疑問を抱くようになったという。

「不動産売買の取引は高額ですし、手続きが複雑なので仲介業者の手を借りたほうが良い場合が多いです。一方で賃貸の取引は手続きが単純ですし、仲介業者の仕事量も売買と比べると大幅に少ない。現在は賃貸の取引に不動産業者を介入させるのが一般的になっていますが、僕はこの仕組みを変えたいと思っています。仲介業者を介入させなくても安心して取引ができる仕組みをつくるのです。仲介者がいなければ手数料はいりませんし、更新料といった時代錯誤な経費もなくすことができるでしょう。

ただし、すでに一般的になっている仕組みを変えるのはなかなか難しいことです。特に貸す人(オーナー)は借りる人の募集や管理などに手間がかかることが多いので仲介業者に頼りがちになります。重要なのは貸す人の意識を変えることです。貸す人が仲介業者に頼らないようにすればいいのですが、それを変えるだけの発言力が今の自分にはありません。今すぐ仕組みをつくってサービスを始めたとしても、世間に注目してもらえないでしょう」

「その仕組みを実現させるためのきっかけとして始めたのがCATALOG&BOOKsです。僕は、アメリカの「メイカーズ」ブームやDIY文化の始まりはWECにあると思っています。WECの思想は「Live Smart. Think for Yourself. Transform the Future.」です。自分で考えて未来を変えていこう、ということです。自分で考えて自分でやれば、仲介者はいりません。自分で試行錯誤して経験すればその大変さがわかり、人に対して寛容になれると思います。僕は今の時代はあらゆることを分業しすぎていると感じています。できることは自分でやるという考えをもって何ごとにも挑戦すれば、新しい知見に出会えるし、人生が豊かになると思っています

ちなみに、店の什器はWECの思想にのっとり、すべて尾崎さん自らが制作したとのこと。

「本当は、既製品でイメージに合ったショウケースがなかったから自分で作っただけなんですけどね」

と尾崎さんは笑う。尾崎さんが店づくりで大切にしているのは、商品が主役になるような空間にすること。木材の合板で組んだシンプルな什器は、幾何学的な造形でありながら温もりを感じさせる。什器が目立ち過ぎず、商品と空間が調和している。

 

気に入ったもので心地よい空間をつくる

CATALOG&BOOKsには、立体や版画、イラストなどのアート作品が商品と共に配置されている。

「数年前に『ワイデン+ケネディ』(※注釈1)の元クリエイティブ・ディレクターのジョン・C・ジェイ(※注釈2)のスタジオを見に行く機会がありました。KAWS(カウズ)などのコンテンポラリーアートと共にバットモービル(アメコミのヒーロー、バットマンの車)や矢吹丈(ボクシング漫画『あしたのジョー』の主人公)のフィギュアがスタジオの床に置かれていました。本人に詳しくは聞かなかったのですが、おそらく彼が好きなものなのでしょう。アートに限らず自分が好きなものを仕事場に置いていて、訪れる側にとって心地の良い空間だったのが印象に残りました

尾崎さんがアートを店に置いているのは、このような体験があったからだと言う。

店に置いてあるアート作品のなかで尾崎さんが初めて購入したのは、78GALLERYのシマダテツヤさんの作品である。外から見える太い柱に飾られた作品は、平面なのに立体的に見えるのが魅力的だという。初めて会ったときに作品の制作をお願いしたら、二つ返事で引き受けてくれたのは良い思い出とのこと。

※注釈1『ワイデン+ケネディ』・・・アメリカ・オレゴン州ポートランドに本拠を置く広告代理店

※注釈2 ジョン・C・ジェイ・・・現ファーストリテイリング グローバル・クリエイティブ統括

入り口のそばには、2017年春に大学を卒業したばかりの佐久間優季さんの作品《重たい春》が置いてある。尾崎さんがよく訪れる「LOKO GALLERY」で開催されていた展示会に足を運んだ際に購入したものだ。

《重たい春》佐久間優季

「これは木蓮をモチーフにした作品なのですが、7本で1つの作品という構成でした。そのうちの1本を購入しました。作品は高さが4mくらいあったのですが、それだと店に入らないので天井の高さに合わせて調整してもらいました。ギャラリーで展示されていた時はとてもインパクトがあって、短い展示期間にもかかわらず来場者が多かったようです」

床にさりげなく置いてある宮崎啓太さんの作品《キメラ》も、LOKO GALLERYで見つけたものだ。

《キメラ》宮崎啓太

「宮崎さんの作品を買おうかな、と迷っていたら、知人が『買っちゃおうよ』って。その場で購入を決めました。作家さんに直接会って、人柄に惚れ込んで購入するということがよくあります」

《BETRAYAL》YUGO.

《東京》《桑港》 HOT FUDGE

 

“アート”とは人が表現すること。

「“アート”っていう言葉の定義がよくわからないですよね」

話は続く。

「アートといえば一般的に美術作品のこと指すと思いますが、『アートとは表現である』と解釈すれば、物だけではなくて人の生き様とかも全てがアートになると思います。本人が『これが自分の表現だ』と言えば、それは誰が何と言おうと“アート”になりますよね。

僕は、アートは表現することだと思っています。あらゆる局面で自分の考えや、やりたいことをうまく表現することが大切です。もちろん、商売においても自分を表現するというのが理想なのですが、それはなかなか難しいことです。だから、作者が自身の思想やコンセプトをうまく表現しているアート作品を見ると、とても勉強になります。例えば、作者が『この作品は自分の死生観を表現していて……』と説明していても、鑑賞者がそれを理解できなければ、それはアートとして成立していないことになると思います。第三者が納得できるように表現することがとても重要なのですが、それは美術の世界でも商売の世界でも難しいことですよね」

尾崎さんのビジネスパートナーに、アメリカを拠点に活動しているアーティストの男性がいる。彼は制作活動のかたわら、現地の美術大学で教師をしている。尾崎さんは彼に、授業のなかで学生の作品を評価する際のポイントを尋ねたことがある。それは2つあり、まずしっかりとしたコンセプトがあった上で、それをうまく表現できているかということ。そして、鑑賞者がそれをちゃんと理解することができるか、ということらしい。

この話は、尾崎さんにとって刺激的だったようだ。

 

たくさんの構想、目の前に広がる道

尾崎さんが自身の思いを表現する場としてつくり出したCATALOG&BOOKs。来店者にWECの思想を紹介し、心地が良い空間を提供している。最後に今後の展開を伺ったところ、「いろいろなことを考えているが、具体的には決めていない」という返事が返ってきた。

「CATALOG&BOOKsと不動産業をミックスして展開しても良いし、別のことをしても良いし、いろいろな構想はありますが、話が上手くいく方向に進もうと思っています。『これをやる!』と決めても、それが上手くいくわけでもありませんから」

と話す尾崎さんだが、今後の活動は、やはり不動産業に重点を置いているようだ。取引をオンラインで、かつ貸す人と借りる人がスムーズに直接取引できる仕組みをつくりたいと考えている。懸念していることは、サービスとして仕組みをつくるとランニングコストがかかり、結局は仲介業のようなものになってしまうことらしい。

「だから、貸す人と借りる人の意識を変えるというのが肝心だと思っています。仲介者を介さずに当事者だけで取引を完結する仕組みをできるだけ早くつくりたいですね。・・・とは言っても明日のことはなってみないとわからない」と尾崎さんは締めくくった。

 

明日は明日の風が吹く。けれども、思い続けていれば、目的地へは必ずたどり着ける。尾崎さんの思い描く世界が、今後どのように実現されていくのか、それを見るのがとても楽しみだ。

 

kakite : 松本麻美/photo by Mika Hashimoto/EDIT by PLART(Naomi Kakiuchi)


尾崎正和/Masakazu Ozaki

株式会社フィギュアフォー 代表

1981年、鳥取県生まれ。2003年、不動産会社に就職。退職後、2013年に株式会社フィギュアフォー設立。2014年、早稲田大学大学院(MBA)終了。2015年、ホールアースカタログの専門店「CATALOG&BOOKs」と、アメリカ西海岸で買い付ける家具と雑貨の店「FIP&SA」を東京・文京区にオープン。CATALOG&BOOKsではホールアースカタログの思想を現代の日本に紹介し、FIP&SAではヴィンテージ家具のある暮らしの提案を行っている。https://www.catalogandbooks.com/

 

取材時のオフショットと、CATALOG&BOOKsの様子

 



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