【連載】アートがビジネスにくれるもの vol.5 「次世代に届けるアートの価値」 元テルモ株式会社 会長 中尾浩治

PLART編集部 2017.9.15
SERIES

9月15日号

 

アートコレクター歴20年の中尾浩治(なかおこうじ)さんは、慶應義塾大学卒業後、テルモ入社。

2011年〜2016年まで同社の会長に就任。退任後、2017年6月まで同社顧問を務められていた。

コレクターでもあり、アートディレクター・プロデュースも行う中尾さんのアートの入り口はいつ、何だったのだろう?

50歳前後の頃、仕事でスウェーデンの取引先を訪問した時、飾られていたガラスのオブジェに、とても惹きつけられて、誰の作品でいくら位のものなのか、会社の人に聞きました。その作品はとても手がだせる金額ではなかったのですが、その後、仕事が上手くまとまり記念に同じ工房でその作家の作品を購入しよう、と決めました。それが自分で買った初めてのアートですね」

 

日本とニューヨークで深まった“アートの世界”

その後、アメリカ滞在を経て、2001年、中尾さんは日本へ帰ってきた。日本で訪ねたアートスポットは、「清澄白河ギャラリーコンプレックス」(中央区新川/2015年に閉鎖)。日本のコンテンポラリーアートの集合地だ。

中尾さんが訪ねた2003年頃にはちょうど、小山登美夫ギャラリー、ギャラリー小柳ヴューイングルーム、シュウゴアーツ、タカ・イシイギャラリーなどのギャラリーが集まっていた。どこも日本を代表する現代アートのギャラリーだ。

「みんなでお茶を飲んだりして、牧歌的な雰囲気でした。日本のコンテンポラリーアートに触れるのは初めてでしたが、杉本博さんの作品を見せてもらったり、日本のアートについて話をしたりしました。杉本さんの作品は気に入ったので、その後購入しましたよ」

2006〜2007年には再びニューヨークに戻って、今度はギャラリスト、アーティスト、オークションハウスのスタッフなど、多くのアート関係者に会ったという。

「バーゼル(スイス)やベニス(イタリア)などにも行きました。自分の財布の範囲で作品を購入するうち、アートの世界・アート市場に渦巻くお金や戦略の存在を少しずつ感じるようになっていきました」

コンテンポラリーアートの市場は、アメリカが圧倒的に大きい。その中でもニューヨークの規模は世界一だ。ギャラリーや批評誌、研究施設、美術館たちが持っているビジネス戦略を、渦中で体感したという。

「ビジネスや戦略というと言葉が格好良いですが、つまりは、どういう風に作品の評価を上げ、価値を作るのか、ということです。誰がどのように売り込んでいくのか……。その様子を目の当たりにして、とても興味深いと思いましたし、感心しました」

 

アートが潤うために、経済がある

『経済は文化のしもべである』という言葉が好きですと中尾さん。

この言葉は、ベネッセコーポレーション代表取締役会長、福武總一郎さんによるものとして知られている。

「経済があっての文化ではなく、文化を経済が支えている。つまり、アートが主人公で経済はservant(しもべ)なんです。経済がないとアーティストの育成もままならないし、食っていけません。日本ではアートとお金とは別世界のものとされていましたが、実際は隣り合っています。僕はもう少しまともにお金の話をしても良いと感じています。日本人作家の純粋な作品への探究心も大事にしつつ、ですがね」

ニューヨーク滞在中は、中堅のギャラリーが潰れるのを見てきたという。ニューヨークのギャラリーの特徴は、練った戦略通りに運営をするところ。戦略が当たらなければ、運営も立ち行かなくなるのだ。

彼らは、ダメだったらダメでまた次に行きます。日本は大事に大事に育てていくような感じがあるので合うかどうかはわかりませんが……。アメリカ的な方法に乗るかどうかは別にして、最終的には作品に国際的な評価がつかないと、これからの日本のアート業界は100%伸びません」

 

日本のアートを世界に評価させるには?

なかなか手厳しい意見だが、日本には評価されるものがないということだろうか。

「作品がないのではなく、評価を受けるほどに発信されていないだけです。不当に低いのではなく、誰も知らない。日本の作品をアメリカに持っていったら、何倍もの値段が、絶対つきます

値段がそのまま評価を反映するわけではないが、安い作品と高い作品のクオリティやユニークさの差は確かにある。

さらに、日本のコンテンポラリーアートの評価が遅い原因のひとつは言葉の壁だ、と続く。

「論文でもステートメントでも、日本の作品のほとんどは英語で書かれていません。すると、どうしてもアメリカやヨーロッパのアート関係者の目に止まりにくい。僕の知り合いも言っています。日本の作品は英語の資料が少ないって」

発信してこそ、存在を知ってもらえる。

ここ最近の日本はインバウンドへの取り組みが盛んだが、来日した観光客は、どこに行けば日本のコンテンポラリーアートを見られるのか。少数のギャラリーを除くと、残念ながら東京にはほとんどないという。

「美術館でも企画展の半分以上は海外作品の展示です。『The art lover’s guide to Japanese museums』(2014年刊)というガイド本には、東京国立博物館は掲載されていますが、上野の西洋美術館は入っていません。日本に来てまで、自分の国の作品は見に行きませんよね。そうなると、知り合いは有名なアートコレクターのところに行ったり、僕の家に来たりするわけです」

作品を海外に持ち出さなくても国内で見る機会を作れれば、数年後にはわざわざ足を運んで見に来るひとが増える、という。

それには、まずは場所づくりから始めなければ。と中尾さんは動き始めた。

 

故郷で、はじまったアートの展覧会

「海と山のアート回廊」メインビジュアル

2017年9月16日(土)から広島県尾道と福山の2つの市でアートの展覧会「海と山のアート回廊」がはじまった。そこにはプロデューサーとして、中尾さんの名前がある。そう、中尾さんは今ご自身の故郷で「場所を作るため」に動いている。

今展覧会は尾道市立美術館や、寺院、商店街のギャラリー、そして尾道から船で渡る百島でも展示される。

集まったのは現代の日本を代表するアート作品だ。

草間彌生「ハーイ、コンニチワ!ヤヨイちゃん」「ハーイ、コンニチワ!ポチ」2004 /現代アート、はじめます展(尾道市立美術館)

尾道は海と山に挟まれた大変、ミニマムな土地だ。坂道や階段が多く、少し高台に行けば絶景を楽しむ事ができる。

尾道は戦争中に戦火にあうことがなかった事もあり、街並が昔のままなのもタイムスリップした様な感覚だ。

尾道は、不思議な美しさがある街だった。整った美しさではない。いい意味で古い街、古びた匂いが情緒豊かだ。

そして、そこには元々尾道に住んでる人、尾道に移住してきた人、尾道を観光する人、と今を生きる人達が集っている。色んな人がいることを肌で感じることができる。

元々、多様であることを受け入れた街で、多様な価値観を代表するアートの表現を体験することは記憶の中にしっかりと刻まれることになった。

「現代アートは難しい。そう思われがちです。しかしそう感じたとき、わたしたちはもう、日常の中で見過ごしてきた多様な価値観や感じ方の入り口に立っているということでしょう。

今を生きる多くの方々に、ひらめきや可能性、突破口を、日本の現代アートをきっかけに感じていただき、そしてこの場所に日本のエッセンスを求めてみなさんに訪れていたただけることを願っています」(ステートメントより引用)

日本が誇る美しい原風景に、日本人アーティストたちの表現が集う。

世界を触発する場所になると高らかに声をあげた。

 

次世代に届ける日本アートの未来

中尾さんには、ある哲学がある。それは、次の世代が「こうして欲しかった」と思いそうなことをきちんとやっておきたい、ということ。それはアートに限ったことではない。会社の経営もその哲学に従ってきた。

「『なんで先輩はこんなことをやってしまったのか?』『なんでこれをやらなかったのか?』と思われるのは嫌です。会社をどうすべきか考える時は、次の世代に引き継いだ理想の未来と、失敗した未来を想像し、少しでも理想の未来に近くなる答えに向かって仕事をします

10年後か20年後に『(僕がこれをやっていて)良かっただろう?』と言えたら良いですね。きっとその時にはガッツポーズをしています。自分の考えてきたことは間違っていなかった、ということですから」

最後に、中尾さんにとってのアートの魅力を伺った。

「イノベーティブでユニークなところが魅力的だと思いますが、やっぱりどこかで好奇心をくすぐるところがあるのでしょうね。仕事? そのためにわざわざアートはやらないですよ(笑)

ただ・・・『美術は国の精華なり』 岡倉天心の言葉があります。アートは文化ですよね。

僕は世界で日本を正当に評価したいんですよと、にこやかに答えてくれた。

 

海外生活も長く、会社経営をされ、そして有言実行そのもので海と山のアート回廊をプロデュースを行う中尾さんだからこそ、この言葉がこうも心に残るんだろう。次世代の私たちが納得する未来を見せ、ガッツポーズをする中尾さんを想像できた。 

日本の今を生きる人たちの表現がここにある、と教えてくれた。

 

kakite : 松本麻美&柿内奈緒美/photo by BrightLogg.,Inc(表紙・インタビューカット)他、柿内奈緒美/EDIT by PLART


中尾浩治/Koji Nakao

テルモ株式会社 顧問, 日本医療機器産業連合会 会長, 日本医療機器テクノロジー協会 会長, 日本メドテックイノベーション協会 理事

慶應義塾大学法学部卒業。1970年テルモ株式会社入社。米国テルモメディカル会長兼CEO等を歴任し、テルモ取締役専務執行役員、取締役副社長執行役員などを経て、2011年〜2016年3月代表取締役会長に就任。退任後、2017年6月まで同社顧問を務める。

 

海と山のアート回廊

《会期》2017年9月16日(土)~11月12日(日)10:00~17:00
    ※尾道市立美術館は9:00~17:00
《会場》尾道市立美術館、浄土寺、西國寺、尾道本通り商店街yumenemiギャラリー、旧絵のまち館、アートベース百島、鞆の津ミュージアム
《アーティスト》会田 誠、石内 都、荒木経惟、岩崎貴宏、榎忠、大竹伸朗、折元立身、草間彌生、鴻池朋子、杉本博司、田名綱敬一、照屋勇賢、奈良美智、畠山直哉、畠山直哉、原口典之、舟越 桂、村上 隆、森山大道、柳 幸典、山口 晃、山本 基
《料金》尾道市立美術館800円、アートベース百島:百島会場1,000円、尾道会場500円など、共通券1,800円
《主催》海と山のアート回廊実行委員会 090-7506-0011

公式サイト:http://www.arthiroshima.jp/

最新情報はこちらをご覧ください。公式Facebookページ

 

 



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