「拘束からの脱却」反骨のアーティスト【アーティスト 柳幸典】

PLART編集部 2017.8.15
TOPICS

8月15日号

 

資本主義社会。

それは、経済的な利益を追い求めていく人間の飽きることのない欲求により機能し、アーティストが金銭を稼ぐのに必要な社会構造ともいえる。

そして、この社会の渦の中をひょうひょうと渡り歩くひとりのアーティストがいる。

柳幸典のこれまでの作品は、多くの賞賛を浴びるのと同時に、その前衛的で政治的な作品テーマの影響で、世界レベルで物議を醸してきた。

そんな柳幸典が、活動拠点を米国から日本国内の島に移して随分と年月が経った。

彼は今、日本から再び世界に打って出ようと目論む。

規格外のアーティスト、柳幸典のいままでとこれからを、「島」というキーワードや活動テーマと合わせて追いかける。

 

世界中で話題を呼んだ、柳幸典の攻めの作品群

東京はどうも息苦しいですね。やっぱり海がないと

そんな言葉を発しながら、柳氏は取材に応じてくれた。

まずはこれまでの作品や経緯を大まかに振り返る。

柳氏は、福岡県出身で広島在住のアーティスト。

「幼少のころから問題児だった」と語る柳氏。国内でのアーティスト活動を経て、移り住んだアメリカを中心にこれまで様々な作品を発表してきた。

その共通点として、柳氏の作品は国や民族の壁を飛び越えているものや、社会的なメッセージを強く打ち出すテーマが多い。

アメリカで退役軍人に包囲されたり、中国当局から展示の中止を求められたりした過去もある。

ザ・ワールドフラッグ・アント・ファーム/1990  株式会社ベネッセホールディングス所蔵  ©柳幸典

こちらの作品は200余の国連に加盟する国々の国旗をプラスティックの箱の中に砂絵で表し、その中に投入された何千ものアリがプラスティックチューブを通じて移動する。国のアイコンである国旗だが、蟻には国境など関係なく砂を運び国旗の模様を崩壊させていく。

現代における重要な問題を前に柳氏は持ち前の反骨精神で、あらゆる困難や権力の壁にも屈することなく、力強く、メッセージ性の強い作品で私たちに語りかける。

イカロス・セル/2016  ©柳幸典(撮影:中川達彦)/写真提供:BankART 1929

イカロス・セル/2016  ©柳幸典(撮影:泉山朗土)

眼のある風景〜Project God-Zilla〜/2016  ©柳幸典(撮影:中川達彦)/写真提供:BankART 1929

 

アーティストは、命を削って作品を創っている

「自分を拘束するものからの脱却をテーマに活動を続けてきました」

柳氏は、資本主義社会や既得権益に対して表現の自由を訴えかけ、社会の中で普段意識しないであろう、あらゆる『拘束』について、作品を通して私たちに気づくきっかけを与えてくれる。

ひとつひとつのテーマは広く、作品の質量も大きく、その展示は壮大なスケールで私たちの眼の前に迫る。

グラウンド・トランスポジション-139˚52’09” 36˚33’52”/1987  ©柳幸典

「世の中の常識と矛盾しているテーマや、社会から怒られることを今までやってきました。ルールから外れて生きている様なものなのですが、そういう人も社会には必要だと思っています。

私は商業アーティストではありません。

作品は大きいものが多く、グラフィックなどの分かりやすいものはありませんから、量産するわけにもいきませんので、大事なのは質です。作品はいつも命を削って創り上げてます。

命をかけてアーティスト活動ができるか───私の場合は、それに全てがかかっているんです」

柳氏は力強く答える。

そんな柳氏はいま、国内で自らのライフワークとして取り組んでいるテーマがある。

それが瀬戸内海に浮かぶ、島々だ。

 

島は日本の縮図。ライフワークとしてひとつの巨大な世界を創る

「ある意味では欧米で一定の成功をしましたが、その欧米で得た名声による『拘束』から逃れてたどり着いたのが日本の島でした」

そもそもの始まりは1995年。柳氏が瀬戸内海に浮かぶ「犬島」に偶然出会った時、島に捨てられた銅の精錬所遺構を見て、近代主義を批判するプロジェクトの着想を得たのがきっかけだった。

犬島精錬所美術館

柳氏曰く、当時の犬島はゴミを捨てる場所程度の認識しかなく、時代がその島の価値を理解するまで、かなりの時間を要したという。

「そんな島ひとつを丸ごと美術にしてしまおうと思いました。もともと船が好きで、海が身近にないと制作できないような性分なんです。島は日本の縮図の様な気がしています。社会は人が多くなると、複雑化して物事を決めるにも意見の対立やらで前に進めなくなりますよね。島でも意見の対立はありますが、またシンプルです日本は本州ですら考えてみれば大きな『島』ですし、島にこそ日本社会やの文化の縮図があるのかもしれないですよね

 

時は流れ、2001年。

9.11を目前に活動拠点だった米国より柳氏は帰国し、東京を経由することもなく何かに導かれるように直接、新たな拠点へと移った。

日本帰国後、2005年より広島市立大学芸術学部准教授に就任。

そして広島市内にある遊休施設のアートによる有効利用として広島アートプロジェクトを立ち上げる。

その間にも、前途の犬島アートプロジェクト『精錬所』を制作、2008年に公開へと至る。

そして、2012年一つの島に拠点を築く。

人口わずか580人、尾道の小島・百島(ももしま)だ。
この島で廃校を拠点とし、芸術の基地『ART BASE 百島』を誕生させたのだ。

ART BASE 百島  ©ART BASE 百島

「ここでは、純粋に芸術を目的とする理想郷を創りたかったんです。協力者たちとセルフビルドで二年かけて創り上げたこの基地では、企画展、常設展などベテランから若いアーティストの発表の場を含め、島全体を通して展開されるアートプロジェクトです」

日本の原風景ともいえる島に魅せられ拠点とし、これからの日本のアートシーンの可能性を模索する柳氏。

この島々での日本ならではの美しい海と山とアートの織りなす調和は、訪れるものを魅了してやまない。

 

これからの日本で出来ることと展望

米国での活動経験を持つ柳氏に、日本の現在のアートシーンやこれからに言及してもらった。

「日本の現代アートのマーケットは、欧米諸国に比べるとやはり小さいと言わざるを得ません。しかし、日本には日本の良い部分もあります。一部の大資本がアートのマーケットを独占している様な欧米型ではなくて、中流階級の多い日本は、アートに関しても民主的な側面があります」

例えば、柳氏は日本で一番小さな公益財団を福山の企業と設立した。本来は莫大な資金力がないと創ることができない財団が、今の日本なら300万円を原資に創ることができる。小さい財団が日本中に立ち上がり、西洋型とも違う極めて民主主義的な市民社会によるアートの活動支援が可能になり、新しいアートシーンが日本でできるのではないかという。

柳氏は今のシーンで必要なアーティストのバランス感覚についても語る。

「私は今のアートシーンの中で、バランスを取ることを強く意識しています。それは、アーティストとして活動するためにお金を稼ぐ商業性と、アートによるメッセージ性=本来の目的とのバランスです。魂に従った表現によって目的を達成した結果で評価されてしっかりお金が入ってくるのがベストですが、そううまくはいきません。

往々にしてアーティストは本来の制作の目的を履き違えてしまうことがありますからバランス感覚が必要です

本来の目的を失わずに、常に自分と社会を相対的な目線で見るために、柳氏は特定の国や場所へ固執することなく、社会の渦の中を『シフト』しながら活動を続ける

ワンダリング・ミッキー/1990  ©柳幸典

「資本主義の矛盾をついた作品が、ふと気づけば資本主義に組み込まれて、投機の対象になっていたりします。そこは敏感になっています。今は若いアーティストが売れすぎている印象すらありますね。個人的な意見ですが、若い内から作品は売れない方がいいんじゃないかな。私が若いころも、やたら賞金を稼ぐようなアーティストは今は消えていってしまったけれど、金勘定抜きでワケの分からない創作活動をやっていた様なアーティストが今も生き残ってる面もあります。日本でも、アーティストはいつの時代も既存の価値観と戦ってきたのだと思います」

 

今再び、世界へと名乗りをあげる

柳氏の熱い眼差しは、島プロジェクトの期間を経て、いま再び海外へも向いている。

「ずっと島にいたので世間からは忘れられてしまったかもしれませんが、今年横浜で開催するトリエンナーレ、来年はシドニーでのビエンナーレ(※)、その他にもこれからアーティストとしての活動を本格的に再開していきます」

アーティスト柳幸典が、再びアートシーンの第一線へと帰ってくる───

横浜トリエンナーレは、3年一度、横浜で開催される日本を代表する現代アートの国際展だ。

今回のタイトルは「島と星座とガラパゴス」

接続や孤立、想像力や創造力、独自性や多様性などを表すキーワードとなっており、相反する価値観が複雑に絡み合う世界の状況について考える。

柳氏は開港記念会館の地下会場に 〜Project God-Zilla〜、Article9、蟻と日の丸(アントファーム・シリーズ)を展示している。    

まさに、「島」をテーマにした展示で柳氏の作品を観る事ができる復とないチャンスだ。

(※)第21回シドニービエンナーレ

2018年3月16日から6月11日まで開催されるシドニー市内や近郊の島などを舞台にした国際的芸術祭。

私たちは、忙しく生きていく中で、社会の『あたり前』に疑問を抱くことなく、無為に時を過ごしてしまうことがある。

柳氏の作品は社会の当たり前に、楔を打ちみ、私たちにふとした気付きを与えてくれ、本来あるべき疑問を投げかけてくれる。

今見えてる社会は虚像ではないのか?

目を背けてはいけない国や環境の未来と向き合っているのか?

人間の中には、すべてを言葉に出来ない醜い感情がある。ただ幸せなんて全くない。いつか壊れて無くなってしまう。

だから忘れないように強さを持ちたい。未来を見据えて変えていきたい。私はそう感じた。

変化の激しい日本と世界の資本主義の渦の中を、視点を変えながら活動する柳氏の様なアーティストこそ、多様的な価値観がオリジナリティとして認められていくであろう未来社会のキーマンといえる。

アーティスト、柳幸典の動向から今後も目が離せない。

 

今回、取材に同席して頂いたアートベース百島のアドバイザーであり、コレクターの中尾氏と柳氏。

kakite : BrightLogg,Inc./photo by BrightLogg,Inc. /EDIT by PLART


柳 幸典/YUKINORI YANAGI

1959年 福岡県生まれ
。1985年 武蔵野美術大学大学院造形研究科卒業。1990 年イエール大学大学院美術学部彫刻科(コネチカット州、ニューヘイヴン、アメリカ) 。2005-15 年広島市立大学芸術学部准教授。広島県尾道市在住。
【受賞歴】
1993年 イエール大学フェローシップ、美術学部優秀賞
アジアン・カルチュラル・カウンシル、日米芸術交流プログラム
第45回ヴェネツィア・ビエンナーレ、アペルト部門受賞
1995年 第6回五島記念文化財団美術新人賞


ヨコハマトリエンナーレ 2017「島と星座とガラパゴス」
■会期:2017年8月4日(金)〜11月5日(日)

■主会場:
・横浜美術館
住所:神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
・横浜赤レンガ倉庫1号館
住所:神奈川県横浜市中区新港1-1-1
・横浜市開港記念会館地下
住所:神奈川県横浜市中区本町1-6


 



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