「美味しい」からはじまる、食への新たな視点【山フーズ 小桧山聡子】

PLART編集部 2017.7.15
TOPICS

7月15日号

 

文章を読んでいるその片手には、何があるだろうか。

朝、通勤中で電車のつり革を掴んでいるかもしれない。

夜、ソファで横になりながら、両手でスマホを触っているかもしれない。

中には、片手にサンドイッチやお箸を持ち、食べながら読んでいる人もいるかも?

 

何かの片手間にごはんを食べる。そんな光景は、現代において当たり前になったと思う。

食に恵まれ食に囲まれているからこそ、スマホを片手にできるくらい、何なら息を吸うのと同じくらい、意識されないことがある。それが“食べる”ということではないだろうか。

でも、そんな普段は通り過ぎてしまう「食べる」に、揺さぶりをかけている人がいる

アート制作の経験を生かしながら、「食とそのまわり」をテーマに活躍している、山フーズ 小桧山聡子(こびやま さとこ)さんだ。

 

小桧山さんの山フーズとしての活躍は、多岐にわたる。自身も、肩書きが決まっていないと笑うくらいだ。

活動の主な柱は、ケータリング、撮影のスタイリング、そしてワークショップの3つ。

ケータリングというと、華やかなパーティー料理をイメージするかもしれない。ところが、山フーズのそれは、ケータリングという概念すら吹っ飛びそうなものばかりだ。

 

バレンタインの時期には、百貨店の催事場に出店。

バレンタインチョコが並ぶ中、彼女がつくったのはなんと「チョコレート鉱山」だった。選んだチョコレートを、ヘルメットを着けた店員が発掘し瓶に詰めて購入できるというものだ。

(2016年 新宿伊勢丹バレンタイン催事)

 

撮影の仕事では、靴のブランドと組んでパンフレットをつくったことがある。レインブーツの質感に合わせて野菜のゼリー寄せで表現。斬新な組み合わせだ。

(FREE FISH 2014/fw カタログ)

「食べられる器」というワークショップを子ども向けに開いたことも。ごはんを食べ終わると、おもむろに「ボリボリ」という音が。子どもたちがフォークや器を一心に食べているのだ。テーブルの上には何も無くなり、ごちそうさまをする。

小桧山さんが手がける食べ物は、ただ「食べる」ことではない。

「食べるという行為に自分から向かっていってほしい。自らの中にある、動物的部分を思い出してもらいたいんです」

そう話す彼女の原点と、背景にあるアート制作の経験について尋ねた。

真夜中、ポトフが入った鍋に手を突っ込んだ

小桧山さんにとって料理は、母の影響で小さい頃から身近にあった。ケータリングや料理教室を手がけていた母と、共にキッチンに立つことも多かったという。

でも、食べるという行為に目覚めたのは、中学生の頃のある体験がきっかけだ。

「真夜中のキッチンにポトフの鍋がぽつんと置いてあって、急に手を入れてみたい衝動にかられて(笑)そのまま手を突っ込んで中の具材をすくって食べました。深夜に響き渡る肉を咀嚼する音や、スープの中の指の感触…様々な感覚が普段より鮮やかに感じて、食べるって、こんなにたくさんの感覚を使う豊かな行為なんだなと実感しました」

それ以来、「食べる」行為に興味を抱いた小桧山さん。今の気分、この時間に、この景色の中で、何をどんな風に食べたら一番気持ちが良いのか考えていたそうだ。

「普段食べている食パンを、寝転がって食べたらどう感じるか?などと考えていました。考えすぎて、何も食べられなくなったときもありました(笑)多感な時期でもあり、赤面症や、10言いたいことがあっても1しか言えないなど、自分と身体が乖離(かいり)している感覚がありました」

この、自分の身体を自覚せざるをえない状況が、後の小桧山さんの“身体”というテーマに繋がってくる。

言葉じゃなくても伝える方法がある、それがアートだと気がついた

もともと、アーティストとして制作・表現されていた小桧山さん。

アートへのきっかけは、高校時代に通った美術予備校だった。

「『何を思ってこの絵を描いたんですか?』と聞かれたのですが、上手く答えられなくて。すると先生の方から、『この絵からはこういう感じがするね』と言われました。そのとき、言葉でなくとも思いや感情が伝わる方法はあると気がついたんです。それでアートに興味を持ち、その方向へ進もうと決めました」

美大に進学し、立体作品やインスタレーションを主に制作していた小桧山さん。学外では、前衛的な身体表現である暗黒舞踏に携わっていた。

「身体をテーマに、金属や、布ストッキングを縫い合わせて人体の形をしたものをつくっていました。舞踏では見るのもやるのも、自分の身体が解放される感覚がありました」

食とアート、今までやってきたことが一つに繋がる感覚

卒業後もアート制作を続けていた小桧山さんだが、その間、食と離れていたわけではない。外食をあまりしないという彼女は、趣味として料理をずっと続けていたという。

そんな彼女が、仕事として食に関わるようになったのは、ケータリングに初めて携わったときだ。

「制作をしつつカフェでアルバイトとして勤めていた際、移動映画館のキノ・イグルーさんと共に『kiiiiino』という映画と食のイベントをすることになり、初めてケータリングを手がけました。そのとき、今までバラバラにやってきたことが一つに繋がったんです」

色が白い食べ物を用意し、まず「胃の中を白くして」もらう。その後、モノクロ映画を観て、感じた色を聞く。その色をした料理をつくり、食後の余韻にひたりながら、また映画を選んでもらう。そのような実験的なことも色々と手がけた。普段のカフェでは感じられない空気の高揚感が衝撃的だったそうだ。

「食とアート、今まで自分がやってきた全てのことを込められた瞬間でした。アートをつくっていたときは、正直苦しい事も多かった。表現したいことはある、でもそれをなかなか形に落とせなくて。でもケータリングでは、次から次へとアイディアがわいてきて、とても楽しかったです。

作品には「kobi」とサインすることが多かったので、食の活動の時には「山」の方を使って「山フーズ」とこの頃から名乗りはじめました」

2011年、東日本大震災が起こりアルバイト先が一時閉店、本格的にフリーとして活動することになった。

食をただのアートの手段にはしない

「お客さんにどう食べてもらうか、食べる空間をどのように演出するか、そういった視点は、立体作品やインスタレーションをつくっていた経験が生きています。また、身体というテーマも一貫して変わりません」

その一方で、小桧山さんはアートという言葉はなるべく意識しないようにしている。山フーズの活動は、端的に言えばフードアートかもしれない。でも小桧山さん自身は、その言葉を使わない。

「フードアートというと、味は二の次というニュアンスがあると思うからです。私は、お客さんには『おいしい』とまず思ってもらいたい。食材や調理、食べるという行為自体がもつ“勢い“を、大事に引き出したい。なので食を、アートの手段の為だけとして使わないようにしています」

「食べる」ということに意識を向けさせるなら、あえて「まずい」を前面に出し、衝撃を与えることもできる。

でも小桧山さんはそうはせずに、まず「おいしい」と思ってもらってから、食べることについて考えてもらう。

「食」への窓口は、大きく開けているのだ。

アートは異なる視点を提供してくれる

意識してもしていなくても、小桧山さんの活動の背景にはアートがある。そんな彼女にとってアートとは、当たり前だと通り過ぎてしまうものに対して揺さぶりをかける、異なる視点を提供してくれるものだ。

「普段私たちには、自分の目を通したものしか見えない。アートとはそこで、いろいろな眼鏡、視点をつくってあげることだと思っています」

山フーズの活動は現在、食に直接関わらない仕事も増えている。しかし、今後食を離れたとしても、「視点を提供する」というのは小桧山さんの一貫した軸であり続ける。

「美大で教えたり、文章を書いたりもしています。続けたら何かが開けるという予感があるので、活動を限定せず、身体というテーマを軸に、いろいろな視点を提供していきたいですね」

朗らかに、でも芯の強い目でそう語る小桧山さん。

特に現代アートは、難解だと言われることがある。そんな作品は、強い力で見ている者に衝撃を与えるかもしれない。

でも、その分アートは壁が高く、触れる機会が少ない。

一方、小桧山さんは「おいしい」にこだわることで、異なる視点を与えながらも、食べることへの窓口はしっかりと広げている。

 

それは、見ている人に媚を売ることとは違う。むしろ「異なる視点」をより遠くに、より深く届けることなのだ。

小桧山さんの「おいしい」にこだわる姿勢には、アートにまつわる現在の状況に対する、大きなヒントが詰まっているのかもしれない。

 

 

kakite : 菅原沙妃/photo by BrightLogg,Inc./EDIT by PLART & BrightLogg,Inc.


 

山フーズ yama foods (小桧山聡子)
1980年東京生まれ。多摩美術大学油画科卒業。
素材としての勢い、料理としての勢い、美味しさ、を大切にしながら”食べる”をカラダ全部で体感できるような仕掛けのあるケータリングや
イベント企画、ワークショップ、レシピ提供、撮影コーディネート、執筆、講師など多様な角度から「食とそのまわり」の提案を行い活動している。

http://yamafoods.jp



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