【連載】アートのある暮らし vol.13「所有の喜びを満たす家」

PLART編集部 2017.12.15
SERIES

12月15日号

 

連載 アートのある暮らしとは?
日本のアートには3つの壁があります。
「心の壁」アートって、なんだか難しい。価値がわからない。
「家の壁」飾れる壁がない。どうやって飾るかわからない。
「財布の壁」アートは高くて買えない。買えるアートがわからない。
そんな3つの壁を感じることなく、アートのある暮らしを素敵に送ってらっしゃるお家を取材します。

 

そっと置かれた一つの陶器や小壺。使うべくして使うも、心の隅っこに眠らせておくも、すべては私たちの自由だ。
さりげない存在感を持った一つ一つの“もの”がそこにあること。「所有する」行為そのものに意味を見出す一人の男性がいる。「YOTA KAKUDA DESIGNのプロダクトデザイナー角田陽太(かくだ・ようた)さんだ。

角田さんの仕事や暮らしを営む場所から垣間見える、所有することへのこだわりに焦点を当てる。

普遍的な“もの”に惹かれる

角田さんのスタジオは、足を踏み入れた瞬間に素朴で無垢な”もの”の空気が漂う。
柔らかな陽の光が差し込む部屋の中に置かれた骨董や冊子・ポスターの数々は、「もの」として存在しているはずなのに、どこか別の意味を持つような含みを感じる。

角田さんの所有する空間を見渡してみると実に不思議なものが目に止まる。


透き通った瓶。木べらのようなスプーン。野球ボール。使用年代が古い骨董のお皿。積み上がった書籍。ロンドンの現代彫刻家のアニッシュ・カプーア(Anish Kapoor)の本。好きな彫刻家の置物。ご自身のプロダクト。現在角田さんが金継ぎしているお椀。


この空間にいると「アート」のカテゴリとは何かを考えてしまう。
“普遍的なもの”と称して、角田さんは自身の部屋に置かれた”もの”を語り始めた。

「昔からデザインとかアートと呼ばれるものは持っていました。自身がデザインを始めた時も航空機の機内食のカトラリーや柳宗理がデザインしたものなどを買っていました。そこからFolk Crafts、つまり民藝と呼ばれるものに惹かれ、実際に手にとって使用できるものをずっと購入してきました

1900年代前半。柳宗悦を中心とした日本の民藝運動は皆さんもよく聞く言葉だろう。「民藝」とは「民衆的工芸」の略で、職人たちが創る日常生活で使用する道具は、美術作品に全く引けを取らない美しさがあると捉え、「生活の中にこそ美は宿る」と提唱していた。
角田さんはこの柳宗悦の息子である柳宗理やロンドン出身のプロダクトデザイナーであるジャスパー・モリソン(Jasper Morrisonに出会い、自身もプロダクトデザインの道を踏み出し始める。

角田さんがここまで傾倒する民藝との出会いはいつだったのだろう。
民藝と呼ばれる類のものは、幼い頃から母の影響で頻繁に触れ合っていました。僕が生まれた仙台には『仙台光原社(岩手県盛岡市本店)』という民藝を扱うお店があったので、よく連れて行ってもらっていましたね」
ルーツは、物心がつく以前の幼少期にまで遡っていた。さらに、幼い頃から培われていた骨董品への愛着を、角田さんはこのように話す。

民藝というのは、新しく生産されているものもありますが、古いものを再生しているものも多い。だから、時間軸がないんですよね。どんなに古くても必ず今と繋がっているから、切っても切り離せない関係性にあるんです。そういった普遍的なものの存在に惹かれていたという側面もあるのだと思います」
ふうっと一息ついて、角田さんの部屋をもう一度見渡してみる。飾られたアートや骨董、民藝品は、たしかに時代に沿って並んでいるというわけではなさそうだ。

江戸時代に多用された「くらわんか碗」椀の厚みと小ぶりなサイズが現代の茶碗と差異がある。

生活の中で使用してきたという過去の温もりある骨董や民藝作品の数々。自ら金継ぎ中の焼き物たち。

左は羊皮を使ったとても古い楽譜、右は以前パリのデザイナー、ロナン・ブルレックを訪ねた時にいただいた年賀ポスター。

“普遍的”であることに等しく価値がある。古かろうが新しかろうが、角田さんの「アート」を選ぶ上では変わることのない基準なのだろう。

“所有する”ことの喜び

”所有する”ということに興味があります。”鑑賞する”ということよりもよっぽど興味があると言える
角田さんにとって「所有する」というものはどのような意識をもつなのだろう。
例えば明確に語ってくれたこととして、美術館(ミュージアム)よりもギャラリーの方が圧倒的に興味があると言いきる。なぜなら、ギャラリーに内蔵されているものは最後自分が購入することができる道筋があるから。

所有する、購入することの原点について聞いてみる。
「仙台から東京まで当時はコム・デ・ギャルソンやヴィヴィアン・ウェストウッドのような先進的な洋服を買いに何度も訪れていました。デザインを意識するきっかけは洋服からでした。そこでさまざまなウインドウディスプレイをみて、空間に興味が移りました。美大に入って、空間から”もの”に固執するようになって、並行に古いもの(民藝や骨董)にも固執していきましたね。空間って所有ができないじゃないですか。だから、『空間デザイナー』ではなく所有することに繋がるプロダクトデザイナーを志したのかもしれません」

原点は自分が身に付けるものから。少しずつその感覚が自分の生業の領域にも拡張していく流れが聞き取れた。
物事の判断において「所有することができるかどうか」、つまり、自分の手元に置けるかどうか、日常生活に根ざしているかどうか、自分自身が使用できるかどうか、という視点が大切になってきていることをひしひしと感じる。
角田さんからはっきりと「所有」というキーワードが出てきているけれども、何か決定打のような出来事があったのだろうか。

「大学院(ロンドン・RCA)生のとき、卒業論文で“Pleasure & Treasure”(所有の喜びについて)というテーマについて論じたんです。自分の将来的な観測やこれまで積み上げてきたことなど、文章によって書き出し編集しまとめていくことで、より明確に自覚していくことになりました。そのときにはTreasure……すなわち”所有すること”が自分自身のこれから興味を深めるものになっていくと感じ始めていました」

海外での大学院生活のときもフリーマーケットがある場所に足繁く通っていた。(角田さん提供)

一貫して持ち続ける「所有する」に対するこだわりは、過去と未来の自分を繋ぎ合わせたターニングポイントがあるからなのだろう。

無垢で無作為なプロダクトに向けるデザインへの感覚

角田さんがデザインを手がけるブランドに「Common(コモン)」がある。
2014年に立ち上がったばかりの、プレートからカトラリーまでの幅広いテーブルウェアを販売しているブランドだ。

Commonのプレート。シンプルな形と色によって、乗せる料理が主役なのだというメッセージが伝わる。

一切の柄を持たない食器に込められた意味を紐解くと、角田さんのこだわりに一歩近づくことができた。
プロダクトデザイナー・角田陽太のデザイン感には、またしても「所有」が大きなテーマとして関わり合っているようだ。
「デザイナーとしてプロダクトと向き合うときには、愛を押し売りしないこと意識しています。必要以上に魂を込めすぎない、というか。
デザイナーがつくり出したプロダクトって、提供する僕らではなく使う方々が自然と愛着を持ってくれているくらいがいいと思うんですよね。あえてウリを言わなくたって愛されるものこそ、本物だなと」

デザイナーが心を込めて生み出した製品だ。通常であれば、大々的にプッシュする場合が多いのだろう。しかし、角田さんは使う人の手に、声に、生活に委ねる気持ちの方が大きいようだ。

白いキャンバスをつくる気持ちでデザインをしているんです。無作為で、手垢をつけない作品をつくりたいと思っています
ここまで話を伺うことで、ようやく角田さんの考えのほんの一部を覗くことができたように思う。
角田さん自身がものを選ぶためのキーワードが“所有”なのであれば、角田さんが自身のプロダクトを選んでもらうためのキーワードもまた、“所有”であってほしいのではないだろうか。
「所有したい」というユーザーの感情を呼び起こすためには、いろいろなデザインの展開はあるだろう。着飾ったものであること、愛らしいものであること、刺激的なものであること。さまざまな表現がある中でも角田さんのプロダクトにおいては、無垢であり無作為なデザインであること。これこそがユーザーの心にシンプルに「所有したい」という欲を掻き立てるのかもしれない。

「昔は自分がこうしたいと思うデザインを実現することばかり考えていましたが、今は自分の意思よりも使命感に近いものですね。無作為だけれども、僕にしかできない作品をつくること。それが使命だと思っています」
最後に、今後の展望について角田さんに問いかけてみる。
「こういう仕事がしたいとかはないです。でも、つくりたいプロダクトならありますよ。現在ならチェア・歯ブラシ・レコードプレイヤーでしょうか。やっぱり所有できるものがいいですね」

使っていても使っていなくても、部屋に置いていても戸棚の奥に隠れていても。
「所有する」ことは、私たちをちょっぴり幸せに、そっと豊かにしてくれる。
アートと暮らすことは、決して特別なことではない。
日頃何気なく使っているお皿、着ているセーター、書いているペン、些細なものだって愛着を持って生活しているすべてのものは、もしかしたらアートなのかもしれない。

kakite : 鈴木しの/photo by Mika Hashimoto/Edit by Chihiro Unno


角田陽太・かくだようた
1979年仙台生まれ。2003年渡英し安積伸&朋子やロス・ラブグローブの事務所で経験を積む。2007年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)デザインプロダクツ学科を文化庁・新進芸術家海外留学制度の奨学生として修了。2008年に帰国後、無印良品のプロダクトデザイナーを経て、2011年YOTA KAKUDA DESIGNを設立。国内外でデザインを発表している。2016年にはHUBLOT DESIGN PRIZEに日本人として初めてファイナリストに選出される。受賞歴はELLE DECORヤングジャパニーズデザインタレント、グッドデザイン賞、ドイツ・iFデザインアワードなど。武蔵野美術大学非常勤講師。

 

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