【連載】僕らのアート時代 vol.3「誰かのSuper Heroを揺らめきと一緒に」アーティスト・蓮輪 友子

PLART編集部 2018.2.15
SERIES

2月15日号

僕らのアート時代とは?

アートは「人の表現」です。人の表現を認めることは人との違いを楽しむこと。

お互いの違いを認め合うこと。そして、それぞれに自分の人生を楽しむこと。きっとここから、新しい時代がはじまります。

人の表現は「今しか」生まれません。今を生きる私たちがその表現に鎖をしめていて、次の世代に何を残せるのでしょうか。

PLARTは”時代の表現”を集めて、編んで、届けます。

連載・僕らのアート時代では、今を生きる表現者たちがここからの時代の流れを示してくれると願い、若いアーティストにフォーカスを当てます。

描きつくされたアブストラクトの、その先へ

取材場所に向かう道は、1月終わりに降った雪の名残が目に眩しかった。

雪の白さに目が冴えた後に、同じくギャラリーの真っ白な壁に立ち会ったものだから、身も心もまっさらに塗り替えさせられた気分になる。そんな壁面に掲げられた極彩色の絵画たちは、まるでそこだけ命がある事を伝えるように向かってきた。

これらのアブストラクトペインティング(抽象画)の制作者は、蓮輪友子(はすわ ともこ)氏。現在、彼女は台湾のギャラリーを中心に活動している。なぜ台湾なのかと聞けば、台湾のギャラリーが取り扱ってくれたからだそうだ。

「神保町の小さなギャラリーで展示させてもらってた時、その1階にカフェがあって、たまたまそこに来ていた台湾のギャラリーの人が見にきてくれて、『新しいスペースをつくるから展示せーへん?』って誘いが来たんです」

彼女は大阪の出身。人の言葉もそのまま淀むことなく関西弁でしゃべり笑う。

「アブストラクトを描きたいんやけど、描き方はすでに描き尽くされているので、何か形を描かないといけないと思い、今の方法を始めました。手順としては、まず実際に現実の景色をビデオに撮ります。次にそれを歪みや色彩や光を調整・加工して、抽象的にする。そうやって映像上で抽象的になったものを、そのまま平面の絵に落とし込む。光と色がビデオで撮ることで強調され、さらにそれを絵に落とし込む時にそれを強調することで、見えていない光とを見えるようにしたいんです」

制作工程を描いた用紙。矢印が逆なのは視線という意味だそう。

彼女が今の手法を初めたのは、2014年。実際、形になり始めたのは、2015年から2016年にかけてだ。

動きを現したいんです。止まっているものより、動いているもののほうが面白いから。絵という方法は選んだので、それから外れないように、絵の中で動きを捉え、表現する方法を模索してます。絵の中でズレとかブレとかを表現することに、今興味があります」

 “絵の中に動きを描きたい”

なぜ彼女がそれを探求するようになったのか、彼女の物語を紐解いていく。

 

幼少の頃、遊び場だった屋上の庭

実家は祖父の代から銭湯を営んでおり、そこが彼女の世界の始まりだった。

屋上にテニスコート半分ほどの広いベランダがあり、そこに祖父の故郷・石川県の自然をイメージした庭が作られていた。そこを遊び場にして、彼女は幼少時代を過ごした。

「庭というより、偽の野生の野山と呼んだ方が的確かもしれへん(笑)

椿の木やユキヤナギの木、山茶花、ツツジ、季節ごとに花がばーっと咲くんです。作られた自然ではあるんだけど、手入れも特段にしておらず、かなりナチュラルな場所でした。そして、花をすりつぶして色水を作ってました。私の制作はその記憶が底にあるんやと思います」
彼女が画家という夢を具体的に心に宿したのは、小3の時。ベランダを見ながら布団で寝転んでいると、その鬱蒼とした庭の先に火球がながれてきた。そこで、『私は絵描きになるんだ』と彼女は決心して日記に書いたという。

「絵はずっと描いていました。年子の妹がすごくチャーミングだったので、地味な姉は人の気を引くために絵を描いていたんですけどね(笑)」

自分の手で鮮やかな世界を描いていこうと思い、やがて京都市立芸術大学の油彩画へと進む。

 

世界を見て知った”合縁奇縁”

とはいえ、芸大に入ったはいいが、大学生活の殆どはバックパッカーとして世界を放浪することに力も時間も費やしていた。

「絵を描いたら単位もらえる学校だったので、単位をまとめて取ってはバックパッカーできたんですよ(笑)。バイトしてお金を貯めて、世界中を旅してました。それが本当に楽しかった」
北米南米、インド、マダガスカル…など、年2回の頻度で世界を周った。その間に、NYのギャラリーに飛び込みで作品を持っていったりもしたという。

インド・ヴァーラーナシーでサドゥーを撮影中

「当時は何も知らなくて、とにかくどんどんぶつかってました」

知らない世界に飛び込み、世界を知る。旅することで希望に胸を弾ませていた学生時代だった。

しかし卒業後、壁にあたり、日本での活動が停滞する。そんな時、知り合いから教えてもらったサイトでレジデンスに応募し通過。2014年から始まったレジデンスの思い出を振り返って語る。

「バックパッカーしていた時は、平たい顔に黄色い肌ということで時々差別されたし、あぁ私はアジア人なんやなと思わせられることが多かったです。けど、レジデンスに参加して、アートを通して会うと、それらの感覚を受けることがゼロだったんですね。人種よりも『お前は何してるんや?』という点で見てくれる。アートという媒体を通せば、目の前の中々通じ合えぬ相手と繋がれる。それがとても嬉しかったです」

レジデンスに参加すると、そこで出会った人たちが次の場所を紹介してくれる為、活動がはじめやすくなったと語る。特に、2016年にオランダのレジデンスに参加した際は、人種間カップルやLGBTといったダイバーシティに溢れた街に住んだことで、彼女の活動に大きな影響を与えた。

「落ち込むことがあったんですけど、ちょうど友達の誕生日を祝う会に招待され遊びに行きました。小さな部屋でいろんな国の人たちが一緒に踊ってるのをみて、自分も一緒に踊って、『多種多様な人たちが同じ世界に居て、それぞれが活きる』そういう作品を造りたいと思いました」

 

人の想像力には限界がある、だけど…

「実は、人の想像力には限界があると思っているんです。人類愛なんて嘘くさい、と。まず家族、そして友達くらいにしか及ばないんじゃないかと。私がアブストラクトで描きたいのは、そういうところに根っこがあるんだろうと思います」

 彼女がそう話しながら、映像を流している後ろの方の作品を振り向く。それは、彼女がどこかの街で撮ってきた映像で、異国の子どもたちらしい映像が歪みを纏いながら流れている。

「この映像が、今正面にある絵の素描なんです。Super Hero というシリーズでつくっています。色んな場所でビデオを撮るんですけど、向こうにとったら普通なことも、こっちからしたらすごく素晴らしい風景だったりする。それは、その人が纏っている色だったり、分け隔てない空気だったりする。それが私にはすごくSuper Heroに見える。それは海外の人も、日本人も、関係なく、ふつうの人。それが輝いて見えるんです」

“Van Aerssenlaan” 2016

Tiangxiang Video works 2018/©︎Tomoko Hasuwa

正面に飾られている絵はまさに今映像で流れている場面だった。光と色を強調し、水面のように揺らぐエフェクトをかける事で抽象度を上げる。すると、彫りの深い浅いや肌の色がわからなくなる。

個別具体性が消え、輪郭が曖昧になることで、そこから鑑賞側が自分の子ども時代や自分の大切な誰かを想起できるのでは、と彼女は考えた。さらにそれを絵に落としこむことで抽象度を上げ、よりそういう瞬間を高めていきたいのだという。

「このSuper Heroたちがかっこよく見える瞬間というは、こっちの個人的な経験に依ってだったりする。でも、ビデオと絵というフィルターをかけることでアブストラクト化されると、自分の経験に照らし合わせて、◯◯さんに見えるとか、思えたりする。さっき、人の想像力には限界があると言ったんですけど、みんなそれぞれ全然別の経験を持ってる者同士、抽象的な輪郭を介することで、お互いの個別な経験の間でも共感することができるんじゃないかと思うんです」

“想像する余地を残したい”

彼女は、互いが完璧に繋がらなくてもかまわない、でもそういう瞬間があったんじゃないか、と想起させるような絵を目指したいと語る。

人がどう見てくれるか、というのはこちらからは固定できない。でも、描いているものを自分だけの経験にしたくないんです

 

当たり前の「Super Hero」たち

“Tianxiang” 2018

“Tianxiang” 2018

平面絵画の中で動きを描くことに彼女がこだわる理由はなにか。Super Heroシリーズに込めた想いを聞いた。

「呼吸したり、歩いたり、ものを食べたり…、生きる事にはなにがしか動きが伴う。そして、死ぬと動きが止まる。描きながら考えていることは今あなたがやっているなんてないことも、ほとんど奇跡みたいなもので息をすっているだけでもいいんで動いているだけでめっちゃ心が動くことなんだと。いいなぁと思いながら描いています。」

この話を聞きながら、ある話を思い出した。古代ギリシャでは魂のことを「プシュケー」と呼んだ。それはもともと「息」「呼吸」という意味から転じて、魂を指す言葉になった。人は生きている間は呼吸をするが、死ぬと止まる。呼吸は魂の所在を証明する手がかりだった。身体が動き続けるうちは、そこに魂がある。生がある。彼女の目指すものは、そんなプシュケーを平面のなかに表現することなのだろうと感じた。

今後の展開について、彼女はまず今の手法を突き詰めていきたいと語る。

アブストラクトでありながら、そうでない彼女の作品は、描きつくされた抽象画の新しい形を切り開こうとしている。

 

kakite : Fukushi Matsuyama Yuki/photo by 倉持真純/Edit by Naomi Kakiuchi

撮影場所:ターナーギャラリー


蓮輪 友子/Tomoko Hasuwa

大阪生まれ東京都在住  2006年 京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修了

www.tomokohasuwa.com

主な展示
2017 SUPER HERO YIRI ARTS (台北)

2017 LICHT ギャラリー福果 (東京)
2016 PARALLEL2.0 YIRI ARTS Pier-2 (高雄)
2016 LICHT XPO (Enschede)
2016 SUPER HERO TETEM (Enschede)
2016 PARALLEL YIRI ARTS (台北)
2014 「EL DORADO」 ギャラリー福果 (東京)
2014 EL DORADOQuinta del sordo (Madrid)
2014 Take a chill pillLa farmaciaMadrid
2012 Super Hero ギャラリー福果 (東京)

レジデンス
2017 BankART AIR 横浜 日本
2016 ARE The Netherlands Enschede

2014 Intercambiador Spain Madrid

助成
2014
「現代芸術振興財団助成」 現代芸術振興財団 (東京)

出版 
2006
「てくてくドイツ」(株式会社ワニブックス)
今後の予定
201839()11()アートフェア東京2018 (東京国際フォーラム)YIRI ARTS (yiriarts.com.tw)

取材フォトギャラリー



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